素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「3.11」後にポストモダン作家を観る2 「僕達急行」の巻 後編

 


  
   主役の2人がイマイチでも、今までの森田作品なら「バカヤロー」(製作総指揮、脚本の
  み)のようにグリップ利かせてありふれた「日常」からカタルシスを生み出していた。
   (「バカヤロー」の時は満席でみんな大笑いだった)
   どうしちゃったのだろうか、死の影が迫っているせいか、それとも「3.11」後、グリップ
  利かせた映画的ご都合主義を排したのか。

   
   誰もが知る森田監督の才能として新人発掘、若しくは役者イメージの転換が挙げ
  られる。

   前者は、「愛と平成の色男」の鈴木京香、「キッチン」の川原亜矢子、「ハル」の内野聖陽、
  「間宮兄弟」の北川景子等。
   後者は、「家族ゲーム」、「それから」の松田優作、「ときめきに死す」の沢田研二、
  「失楽園」の黒木瞳等。

   本作ではこのあたりも見受けられない。


               (ハル)
               森田の演技指導の的確さがもっとも現れた
               作品。
   
   森田映画の忘れてはならない特徴は、奇妙な違和感、ズレ、ねじれとして現れて
  いる。
 
   「家族ゲーム」の有名な横一列の食卓、「の・ようなもの」のオープニングで静かな
  公園で突如フェイクの鳥が飛ぶ等々。

   「家族ゲーム」(1983年)についての長部日出雄氏の批評を引用してみよう。

    家族四人が横一列に並んで食事をしている構図。
    各人の食物にたいする嗜好と、食べ方の癖と咀嚼の音の極端な誇張。
    冒頭からこの映画は、見る者に違和感をあたえ、TVのホームドラマにつきもの
    の食事場面にある人と事物と表現の馴れあいを引き剥がして、家庭という見慣れ
    たものを、見慣れぬものに変え、人と人、人と事物のあいだの普通は目に見えな
    い関係や裂け目を浮び上がらせる〈異化)の方法で描いていく。

            ~ 月刊 イメージフォーラム 1984 NO.42 ~
 

   「異化」―― 懐かしいフレーズでありますな~。
   今じゃ誰も使わないかもしれません。
   本作は違和感、ズレ、ねじれよりも同調(シンクロ)ばかり意識している。
   伊武雅刀はじめ多くの人の動きにノイズのような現実音がかぶるが、あくまでも
  同調(シンクロ)させている。
   
   森田芳光の「流行作家」としての賞味期限はとっくの昔に過ぎている。
   これは誰にも訪れることなのでしょうがないとしても、何とか UP TO DATE
  したいのか小道具で i ROBOTを見せたりするあたりがなんともイタイ。
   この何とか UP TO DATE したい志向が表現としての「同調」に “ 同調 ”
  しているのかしらん。
  
   
   代表作「家族ゲーム」評をもう一度引用してみよう。

    ジャン・ボードリヤールがいう記号消費社会の構造を、これほど鮮明に、
    具体的に描いた映画を、ぼくは初めて見た。    
 
    この映画が描いているのは、モノをそれ自体としてより記号として消費する
    今日のハイパー現実 ―― すなわち現実の複製(コピー)―― であり、
    シミュラークル(摸像)としての家庭であり、作者はそのなかに、いささか
    時代錯誤の異人を侵入させることによって、なにが起こり、どういう結果に
    なるか、というシュミレーション(模擬実験)を試みた。

          (中略)

    受験戦争も、社会的な差異表示記号を消費する閉ざされた円環の体系の一
    環にすぎない。現代のシュミレーションを管理しているコードの転換を
    図らなければ、そのあとくるものはファシズムであろう、と。

                       ~ 引用 同上 ~


   83年当時、森田は間違いなく時代に先んじていた。 
   だから「僕(森田)は10年ぶっちぎれるでしょう」という発言も自信過剰でも何でも
  なかった。言葉どおり10年後、北野武「ソナチネ」(1993年)に寝首をかっ切られた。
   (もちろん、その後、しばらくは森田も充実した作品をものしているが)


 
   随分と辛いことを書き連ねてしまったが、遺作が最高傑作という人は少ない。
   どこか遺作はしぼんでいるものだ。
   東宝の子役として出発した森田は「東宝サラリーマンもの」の森田タッチによる変わり
  種で生涯を締めくくった。
   彼は「3.11」の後の「大きな物語」などどこ吹く風で我が道を貫いた。
   でも、「恋と仕事と好きなコト」というフレーズで「3.11」後の身の丈にあった
  暮らしぶりこそ「鉄板」という彼のラストメッセージはしっかり届けられた。

   「3.11」後どころか、「グレート・グラスノスチ」(注)の後、彼が何を描くか観
  てみたかった。
   「監督 森田芳光」のクレジットの “ 森田芳光 ” は手書きで、最後に「ありがとう」と
  同様に手書きで添えられていた。

                   合掌
                           (了)   



   (注)いまだに「陰謀論」として語られる部分が表メディアで公開される事態のこと。



僕達急行
 ユニークな才能として語られる森田監督
 だが、彼は川島雄三の系譜で語られるの
 ではないかと考える。
 
  





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