素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

A層選挙

   



   首相公選制が唱えられている。
   世の中の80%以上は首相公選制に賛成だ。
   代議士による首相(与党総裁)選挙では国民の意思が反映されないというわけだ。
   一見、もっともらしいが私は反対だ。
   そんなに直接選挙がいいなら、とっくの昔に世界中で直接選挙が行われているだろう。
   確かに大統領制の国は事実上、直接選挙だが。

   だったら日本も公選制でいいのではないか?
   そのためにマスゴミがもっとまともにならないといけない。
   世界中に広告代理店があるが日本の電通みたいに特殊な存在はいない。  
   別に彼らだけに起因するわけではなく、大手メディアが予算不足とコンプラで負のスパイ
  ラルに陥って人材が育っていないことも挙げられるだろう。

   要するに「マスゴミ交代」が首相公選制の前提条件だ。

   さて、例えマスゴミがまともになっても世の中に政治が多少なりともわかっている人が
  どれほどいるというのだ?
   厳密に言えば、政治とは過去200年以上の世界の政治の表と裏の歴史に通暁し、なお
  かつ当事者(政治家)に直接、内実を聞かないとわからないと言う。   
   そうだとすれば、私を含め世の中の有権者のほとんどは政治についてわかっていないと
  いうことになる。ベテラン政治記者と世襲議員だけがかろうじてこの条件に敵う可能性
  がある。
   その他の人にとってはどうせ人気投票か、よくて印象批評でしかない。
   (ある利益団体を代表する政治家と有権者の場合、これに該当しないが)
   だったら発信力のある人、メディアの押す人が首相に選ばれる。
   大統領制が有効に機能していると思われる米国だって例外ではない。
   それでもかの国はまだ民主主義が機能している。
   日本は民主主義さえも怪しい。

   マスゴミ、システムがどうあろうとこれは日本人の国民性によるものだと思う。
   日本人は「水に流す、済んだこと」が好きな国民だ。「水に流す」はうらみ、つらみを流す
  場合には美徳だが、明らかに己の間違い、不見識をごまかすのにうってつけのフレーズで
  もあるのです。結局、よくもわからないのにごまかそうとするから何度でも同じ間違いを犯
  す。
   小泉改革を総括できず宙ぶらりんだから、自民党のプリンスと言われる小泉進次郎に人
  気が集中するのだ。本人は自らを「客寄せパンダ」と割り切っているらしいが。
   こんな調子だから私は首相公選制に反対なのだ。

   B層のB層によるB層のための選挙となるだろう。

   そこで私は考えてみた。
   首相公選制をやりたいなら平等選挙をやめたらどうだ。
   一票の格差なんて憲法問題にもなるわけだが、今や選挙は格差があってしかるべきだと
  考える。私とか政治ブログを書いている人間と政治に関心なく選挙に行くのか行かないのか
  わからない人間が同じ1票なんて不公平だ。
   選挙における悪平等がB層選挙を助長し政治をかく乱している。
   宅建程度、すなわちちょっとがんばれば誰でも取得できる政治に関する国家試験を
  やって、パスした人には1票ではなく2票を与えたらいいのだ。
   選挙がどうでもいい人と時間とお金かけても政治に関心ある人の差があっても当然では
  ないか。その名に値するかどうかはともかく、この試験合格者を「選挙A層」と呼ぼう。 
   今さらそんなものやれるかというシルバー層には、元大学教授、元経営者等のうち何人
  かも2票を与えるなどして弾力的に対応したらいい。

   こんなこと、大手メディアは口が裂けても言えまい。
   私はこの方が理にかなっていると思う。
   明治維新は人口約三千数百万人の時代、約3000人で成し遂げた。
   総人口の約1万分1で日本を変えた。
   逆に言うと当時の99.9%以上の一般的な日本人は何が起こっているのかさっぱり
  わからなかった。

   「薩長が江戸に攻めてくる」、「公方さまが退いて天子さまが入城するとさ」

   とか何とか。
  
   いや~、幕末明治維新の頃と今は違うよ。
   そうでしょうか、私はたいして変わらないと思う。
   結局、「現在」を正確に把握している人は、数%、いや1%未満かもしれん。
   明治維新時の人口比率で言うなら1万数千人で日本を変えられるのだが、昔と違い、
  メディアが発達していることからもう少し必要だろう、数万人、数十万人、でも百万人
  はいらないと思う。つまり1%以下でいいのだ。
   2票持てる国民はもう少し多い方がいいだろうが、1000万人程度、すなわち10%
  はいらない。
  
   
   市場競争といえば、普通、財・サービスの競争のこと。
   選挙は“ 政治市場 ”における競争。
   経済では財・サービスの市場の他に労働市場があります。

  “ 政治市場 ” も政治家の市場だけでなく選挙民の市場があってもいいじゃないか。
  選挙民の市場だけ共産主義でなければいけない理由はないだろう。

   B層のための選挙はもうたくさんだ、A層を加重平均した選挙をやってくれるなら、
  首相公選制も考えてみる余地はあると考える。 







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