素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「 やった! 」 と思ったのだけど・・・・・。

   



   雑誌「 SAPIO 」 で小林よしのり氏の「大東亜論」が連載されている。
   連載は頭山満の人となりから始まって、今回第3章で、いよいよ頭山と西郷の関わりが描
  かれている。

   「歪曲された歴史」で述べたように私は教科書でいう「西郷が征韓論に敗れて云々」の件
  は間違い、少なくても史実を隠ぺいし歪曲していると思っている。
   頭山と西郷の関係を描くなら、この「征韓論」云々を省くわけにはいかない。
   「大東亜論」では頭山満の発言を引用している。

     大西郷は征韓論に敗れたと一口に言うが、そういう訳ではない。
     あの頃、日本政府が欧米諸国に脅されているのを見て、韓国では
     日本を西洋の奴隷のように心得、西洋の奴隷に韓国の国土を汚さ
     せる訳には行かんといって・・・・

     大院君などが「日本人は洋人と交通し、夷狄の民と化しているので、
     自今、日本人と交わるものは死刑に処す」というような無礼な政令   
     を出し・・・
     その上に在韓全邦人の引き上げを要求した。

     そこで南州(西郷)が出かけて行って判るようにすると意気込んだのじゃ!
 
        ~ SAPIO 12月号 小林よしのり「大東亜論」 ~  


    「やった!ついに西郷征韓論にふれる言説が現れた!」と快哉を叫ぶところだった
  のだが・・・・・。
   「が、結局、征韓論は一部の反対で成立しなかった」と小林氏のマンガは片づけている。
   なざ、そうなったかについて岩倉、大久保ら「西洋かぶれ」の反対でつぶれたと述べら
  ている。小林氏は大久保らと西郷の対立をこう表現している。

    大久保らは東洋的価値観を否定し、ヨーロッパ型の近代国家をそのままに学び、
    日本をヨーロッパ型の帝国にしようとした。

    それに対して西郷は西洋文明そのものに批判的であり、西洋を「野蛮」と
    言って憚らなかった。
                      ~ 引用 同上 ~


   間違いとはいえないが、それでは教科書どおり「西南戦争」は士族の反乱でお終いに
  なってしまうだろう。以前も述べたように西郷のもとに参集した士族にとっては士族の
  反乱に違いなかったかもしれんが、それだけでは以下の西郷南州、挙兵の理由は説明
  できない。

     だが、その「天子」と皇族が、それを戴く政府の「姦謀」が、ともに相寄って
     自ら国を亡ぼそうとしているとすれば、この一事だけはどうしても赦すことが
     できない。
                   ~ 江藤 淳 著 「南州残影」 ~
 

   単に国づくりの方向性が違うくらいでは 「自ら国を亡ぼそうとしている」とはならないし、
  「どうしても赦すことができない」という憤りは湧いてこない。
   この一文で言う「政府の 『 姦謀 』 」とはひらたく言えば売国ということだろう。
   「自ら国を滅ぼそうとしている」という文脈で語られる「 姦謀 」は単なる悪だくみ
  ではなく、売国だと判定される。「西洋かぶれ」程度では武士の精神が残っていた明治
  でも「売国」とはいわないだろう。 
   はっきり言わせてもらえば小林氏は踏み込みが甘いのだ。

   「大東亜論」では西南戦争についてふれていないのだが、西郷決起の理由について吟味
  しないければ、結局、「征韓論」云々もわからないのだ。
   「姦謀」めぐらす政府、すなわち売国奴とは通じあう相手国があっての売国奴だ。
   相手国とは明治の場合英国で現在なら米国のことであります。
   教科書的には政府(官軍)の大久保らであるが、彼らこそ売国奴ということになる。
   TPP参加を来るべき総選挙の争点とする野田政権を当時の大久保ら明治政府に重ね合
  わせればわかりやすいかもしれない。
   もっとも大久保は野田総理より遥かに偉大で「近代日本」の礎づくりに尽力した。
   それに当の大久保自身も西南戦争を政府 VS 反乱士族の闘いくらいにしかみていなかっ
  たであろう。換言するなら大久保は長州の背後にいる英国勢力のドス黒い企てなぞ露知
  らずだったと思う。

   西郷曰くの「政府の『 姦謀 』が、ともに相寄って自ら国を亡ぼそうとしている」どころか
  西郷、大久保が逝ってから制定された大日本帝国憲法下の日本はまさに破竹の勢いの快
  進撃でありました。日清、日露戦争に勝利して「坂の上の雲」が見てきた、万歳!ですか?
   違うでしょ。

   明治維新の頃、第1次、第2次世界大戦、ナチスの台頭、第3次世界大戦まで青写真を
  描いていた人々とは時間軸の捉え方が全く違うのであって、結局、1945年、大日本帝国
  は滅びるのであります。

   この点、アンチ司馬史観の小林氏の時間軸の捉え方は的確だ。

     大東亜戦争末期、頭山満はこう言っていた。
    
     明治の初年、すでに大東亜の建設を志し、韓清と親善して露国の南下
     を抑えようとしたのが南州一派だ。
     南州の主張通りに日本の大陸進出が行われていたならば、今少しわが
     犠牲を少なくして、日本の大躍進の機会を早めていたに違いない。

     大東亜建設も半世紀前に端に就いていたことと思う。
     珠に南州の経綸(注)が用いられなかったため、その最後を早めたことを思
     えば、惜しみてもなお余りあることじゃ。

     そして日本は敗れた。
     (このコマには原爆投下が描かれている)
 
           ~ SAPIO 12月号 小林よしのり「大東亜論」 ~

              (注)経綸・・・国家を治めととのえる方策  
     

   そこまでわかっているなら、何故、「征韓論」の件が「西洋かぶれ」と西郷の「東洋の
  王道国」の対立で終わってしまうんだ?
   「征韓論」という言葉がいけないのだ。
   引用している板垣大助の「先ず持って韓清との折り合いをつけねばいかん」にすべて
  表れている。西郷は征韓論ではなくて、朝鮮に話をつけに行こうとしただけだ。
   (この点は「大東亜論」にもしっかり描かれている)
   西郷は「東洋の王道」を説くつもりだったろうし、頭の中には「共に手を携えて西洋と
  闘おう」という思いがあったはずだ。(ここが「大東亜論」ではあいまいだ)

   西洋、いやイルミナティーの日本、朝鮮、中国の3国の分断統治は明治の頃から今日ま
  で絶え間なく続いている。
   西郷ならこの2国と和平を結んでしまうかもしれない。
   「大東亜論」には出てこないが、実際、頭山翁はその旨、述壊している。
   だから、西郷を朝鮮に絶対に行かしてはならない。
   郷里に引っ込んだとしても西郷が生きている限り、まだまだ安心できない。
   西郷は3ヶ国分断統治にとって危険人物だ!何としても西郷をつぶせ!殺せ!
   日本国内の対立を利用しろ!長州を使って大久保にやらせろ!
   かくして西南戦争は、当時の北東アジア統治の観点から必然的に行われたのだ。
   (それが証拠に極東の島国の内戦「西南戦争」がイラスト付きでル・モンドに掲載
    されている。彼らにとって大いなる関心事だったのだ)

   西郷やったなら次は大久保だ!伊藤博文なら簡単にカウンターパートになるが、大久保
  はそうはならないかもしれない!大久保を始末しろ!
   (今と変わりませんな)

   多少、駆け足だが大筋はこういうことになろう。

   ここまで踏み込まないと単なる精神論の「大東亜論」になってしまいますぞ!

   小林よしのりさん!




  【関連記事】

    「歪曲された歴史 VOL.4」 

    「歪曲された歴史 VOL.5(その1)」






    

 
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