素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

敦賀原発から見える原発ムラの本性 後編

   



   「原子力の平和利用」という原発推進が日米の妥協の産物であったことは理解できても、
  なぜ活断層や震源域にわざわざ原発つくったのか、その謎までは解けない。
   ここでもう一度、戦時中の米国対日戦略を思い出そう。
   戦争とは単純に軍事レベルのことだけではない。
   米国は日本が地震国であることを織り込んで軍事・外交政策を立案していた。
   以前も述べたし、多くのブログが指摘するように、2005年に公開された米国機密
  文書「地震を使った対日心理戦争計画」にはっきりとこのあたりの事情が書かれている。
   さらに、日本近海の海底プレートに強力な爆弾仕掛けて人工的に津波を起こすシュミ
  レーション、ニューランド沖で30mの津波に成功したというNZ公文書が伝えられ、
  戦後も55年には国際地球物理学会連合が「原爆による人工地震計画」を具現化してい
  た。そろそろ結論に達してもいい頃だ。

   米国機密文書が言う対日心理作戦が、戦後に日本の活断層の上に原発を建てた
   事実と符合するのは確かだ。わざわざ危険な場所に浜岡原発を造った。これは
   「大地震が起これば終わりだよ」という意識を日本人に植えつけたに等しい。
   つまり日本人がアメリカの核戦略を裏切って自立しないように足かせをはめた
   ことになる。

   ~ 「真説 ニッポンの正体」 小池壮彦 著 「地震国・日本と『原発』」~
    
  
  
   小松氏は「3.11」が人工地震であることには懐疑的であります。
   「大地震が起これば終わりだよ」という意識は最近、「3.11」以降のことでしょう。
   ここはやはりもっと踏み込まないと腑に落ちない。
   米国は原子力技術を供与する変わりに活断層の上に存する原発を“ 人質 ”に
  とったのであります。活断層や震源域にわざわざ原発を建てたうえで、戦前から
  研究された人工地震で攻撃すれば、「日本はお終いだ」と日本を脅したというこ
  とになろう。

   もっとも、「3.11」ではこの目論見は失敗した。
   「失敗してないでしょ」と言われるかもしれないが、大地震でも日本国民は冷静に対応
  したし、フクイチは津波で全電源喪失したわけではないことは当ブログ読者なら既にご
  存知だろう。今回はこれ以上は書かない。


   米国がこのような戦略をとったとしても、日本国民いや国土を犠牲にする事態を日本
  政府首脳及び原子力ムラが飲むはずないではないか!そう思われるだろう。
   これに対して小松氏は冷徹に言い放つ。

    残念ながら、日本には昔から自分の庭に地雷をしかけることを嬉々として行う
    連中がいる。敗戦後の1948年に厚生省予防局長だった浜野規矩雄は、
    「原子爆弾傷害調査計画」という文書をGHQに提出している。これは原爆の
    人体被害を研究する指針を示したものだが、その文書の中で厚生労働省は、
    アメリカによる原爆投下を「好機」と位置づけた。どんな犠牲者が出ようとも
    来るべき原子力時代のために、この「好機」を失うべきではないという思考回
    路なのだ。そのことからもわかるように、実は“ 平和利用 ”を口実とした
    原子力産業の推進は、戦前から構想されていたことである。戦時にはそれを
    日・米・英・独が原爆開発競争の形で進めて産業の基礎をこしらえた。
    

                       ~ 引用 同上 ~


   そんなバカなことあるか!
   そう思われるなら、これまたNHKドキュメンタリー「原爆投下 ~ 生かされなかった極
  秘情報 ~ 」(2011年)
を思い出して欲しい。
   長崎原爆投下の際、原爆を搭載したB29を迎撃すべく「紫電改」のパイロットは出撃
  命令を待っていた。特殊情報部は、原爆投下の5時間前に、原爆を搭載したB29
  「ボックスカー」をキャッチしていたにもかかわらず、出撃命令をついに出さなかった。
   それごころか、空襲警報すら出さなかった。 
   どうしちゃったんだろうか?
   大本営はあきらめてしまったのだろうか?
   2度目の原爆投下である長崎はそのように解することができても、広島原爆の時には
  当てはまらない。広島の時は、そもそも新型爆弾(原爆)かどうかさえ定かではなかった。
   テニアン島から日本本土に迫る爆撃機が新型爆弾(原爆)を搭載しているだろうと見立
  てていた。参謀本部にもこの情報は届いていたが握り潰された。
   特殊情報部は、豊後水道に気象偵察機がやってきてた後、“特殊任務機”が広島に
  迫っていることを事前にキャッチしていた。新型爆弾であろうとなかろうと広島空襲が
  行われることは間違いない。
   でも、空襲警報すら発せられなかった。
   圧倒的におかしいではないか!!!

   「どうぞ原爆落として下さい」と言わんばかりだ。

   TV放送時、私はそう思ったが、やはり意味不明のままでした。
   小松氏は続ける。
   
    そして戦後の原子力時代に備えた“ 安全性 ”のチェックのために、アメリカ
    は広島・長崎で人体実験を行った。この実験を日本の官僚は「好機」と捉え、
    惨事の現場でデータを集めた。資料はアメリカに送られ、日米合作による原子
    力産業の基礎データが整えられた。これが“ 日米戦争 ”の大きな目的だった
    のだ。  
                      ~ 引用 同上 ~


   原爆だけではない。

    広島、長崎、第五福竜丸、地下鉄サリン、東海村JCO臨界事故・・・・。
    日本人は、原爆に始まって、水爆、毒ガス、中性子被爆と、悲惨な実験  
    データを一通りアメリカに提供してきた。
    そしてついに福島原発が最悪の事故を起こした。

                     ~ 引用 同上 ~

   
   いくら原発ムラの住人(特に政治家、官僚)が悪党でもそんなことしたら、自分たち
  の国に住めなくなるではないか!?
   確かにそのとおりだが、これに対しても小松氏は一刀両断だ。

    そもそも原発プロジェクトを始めた連中の出自と行動様式を調べるといい。
    彼らはもともと満州国を経営していた連中である。そして彼らは、満州国が
    なくなっても、まったく困らなかった。それと同じである。

         

   このムック本では高橋五郎氏がこう言っている。
   
    いまのままでは日本が危ないとか、日本はこのままでは終わるとか、
    そういう寝言は週刊誌でやっていればいい。
    ―――――― 実態はもう終わっている。
              

   あまりに知り過ぎた男、高橋五郎氏のお気持ちはわかりますが、私はここまで知ったとし
  てもまだ「希望」を捨てていない。
   それは「維新だ!改革だ!」という連中に託せることではないのだ。

   日本がいかに危うくても最強の武器で戦ったらいい。
   最強のものはもちろん、政治ではなく技術力だ。
   東北復興の過程で環境(浄化)技術、エネルギー等の新技術を日本発で世に問う意義は
  巷間喧伝されているよりはるかに大きいのだ。

                       (了)









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