素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

「 暗殺の森 」(流れゆき、模倣され、くり返される「時代」)

   



   ベルナルド・ベルトリッチ監督「暗殺の森」(1970年)が撮影監督ビットーリオ・ストラーロ
  監修のもと修復されたというので劇場に駆けつける。(この映画はテクニカラーで修復
  不可能と以前は言われていたが、技術の進歩だろう。 以下、ネタバレを含みます。 )
   この映画を最初に観たのは大学生の頃、当時はどの映画館にもかかっておらず、イタリ
  ア文化会館で英字幕版を観た。その後、リバイバルされさらにB・ベルトリッチの手で未公
  開シーンを加えた「完全版」の公開が1996年。その前後、ビデオかTVで1~2回観て
  いる。

   本編そのものでなくても「ヴィジョンオブライト」という撮影監督にスポットをあてた
  ビデオでも「暗殺の森」は紹介された。ジャン=ルイ・トランティニャンとステファニア・サンド
  レッリがアールデコの部屋でブラインド越しのライティングでジルバを踊るシーンを如何に
  撮影したかがV・ストラーロによってこと細かく解説される。
   その他にも有名なドミニク・サンダとステファニア・サンドレッリがダンスホールでタンゴを
  踊るシーン、J=L・トランティニャンとS・サンドレッリの新婚旅行の際、列車の車窓に映し
  出されるスクリーン・プロジェクトの見事さ、父親の収容されている病院のシーンの建築、
  フェリーニばりの人物配置等々、見どころ満載なのだが、何と言っても忘れられないのは
  多くの人が指摘するようにD・サンダの登場シーンです。
   彼女が両性具有の存在であることは以前も承知していたが、水兵服にボウタイとパンツ
  ルックで大股で歩くD・サンダを見ていると、ビョルン・ヨーハン・アンドレセンを大人にした
  ように見えてくる。
   ディートリッヒやガルボも凌駕しそうなこのシーンのD・サンダは今でも女優としては
  映画史上最高にカッコイイ存在だと思っております。
   映画評論家・石原郁子女史以上の表現が思いつかないので引用しよう。

    驚くのは、彼女がこのときまだ二十歳にもなっていないということだ。
    
        (中略)

    それでいてこの不敵な迫力はどうだろう。聡明で勇猛で高貴、そして淫ら。
    ガラス細工の完璧な美の彫像のように非現実的なまでに冷たく硬質でしか
    も脆い。


   彼女のプロフィールが正確なら、この時19歳だがそれはないのでは?
   きっとサバを読んでいるのであって、1948年生まれ説をとって22歳くらいではなかろ
  うかと思う。
   
   とここまでは今回観ていなくても綴(つづ)れたことです。

   修復された今回のバージョンを観ると、とにかく白がきれいで格段に透明度が上がった。  
   冒頭から続く屋外のシーンはもっとストレートに青かったように記憶していたが、青は
  ミルキーに溶けV・ストラーロが挑戦した「マジックアワー」が見事に表現されていた。
   主人公・マルチェロ(J=L・トランティニアン)が実家に帰省する際の田舎道を走る
  車の背景、霧の中に夕日が映えるシーンにもそれが現れている。
   前段で述べたよく引き合いにされるシーンよりよりも映画前半のシーンがどれも瑞々しく
  素晴らしいと再認識した。(そういえば、黒澤は「ラストタンゴインパリ」を海外で観ると
  色調が全然いいのだよ、と語っていた。)
   それらを逐一指摘しても芸がないので割愛するが、私は画面に酔っ払いそうになった。
   大吟醸をチビリチビリ飲むように酩酊状態になってしまった。
   一言でいって、撮影、照明、美術、衣装、音楽(ジョルジュ・ドルリュー)どれを
  とっても今日の映画など比べ物にならないくらい素晴らしい。
 
   凡庸極まりないフレーズだが、「やっぱりこれが映画だよな」と呟くしかないのです。

           ヴィジョンオブライト


   
   私がもっと若くて「20世紀の住人」なら、「やっぱりこれが映画だよな」について書き
  連ねればいいのですが、今やそうもいかない。
   この映画の背景はファシズムが吹き荒れた1930年代です。
   映画的欲望の観点からいえば、30年代のモノクローム映画をカラーで表現するとどうな
  るのか、これがB・ベルトルッチとV・ストラーロの野心だ。
   彼らは共に40年代初頭生まれで30年代のことはリアルタイムでは知らない。
   いかに30年代を描くかずいぶん“ お勉強 ”したそうだ。
   「戦中」生まれの彼らが「戦前」と「戦後」(正確には終戦直前か)の転換点を描いて
  います。「転換」というと、本作はB・ベルトリッチにとって二重の意味で転換点になる
  一作だと思う。
   21歳で劇場映画デビューしたベルトリッチがこの映画を製作したのは29歳の時。
   (「暗殺のオペラ」も同時期。早熟の天才、ベルトリッチ。)  
   いわば青春と決別する時であります。
   青春との決別は時として「父親殺し」として表現される。
   マルチェロが「父親殺し」よろしく恩師・クワドリ教授の暗殺指令を受けて訪ねるパリ
  の住所はジャン=リュック・ゴダールの住所だという。
   「父親殺し」、すなわちゴダールの影響から逃れようとする意思は、彼流の青春との
  決別であり「転換」なのだが、これが本作の主題と重なる。
   それは何かというと、「転向」であります。
   ベルトリッチ自身の場合、左翼からの「転向」と青春との決別が重なる。
   彼がはっきり「転向」したか、何となくフェードアウトしたか定かではないが、この
  映画では「左翼」からの転向のかわりに「ファシズム」からの実にあいまいな「転向」、
  いや正確には「転向」ですらない「変遷」が描かれている。
   アルベルト・モラビアの原作は「孤独な青年」だが、映画「暗殺の森」の原題は、
  「Il Coformista 」(順応主義者)。

   30年代はファシズムの嵐が吹き荒れ、多くの人と同じでありたい、異端にはなりた
  くない、そんな一心からマルチェロはファシストを気取っていただけだ。
   ファシストもどきは彼が哲学を修めたインテリであることが却ってその空虚さを際立
  たせることになる。

   クワドリ教授はそんなマルチェロをはっきり見切っている。

    「(マルチェロの)ファシズムへの傾倒は本物じゃない。」

    「いずれ、君は転向すると思う。」

   少年マルチェロは運転手リーノに同性愛を仕込まれそうになるが、未遂に終わり
  奪った拳銃でリーノを殺してしまったと思い込んでいたが、実は彼を殺してしなか
  ったことが後に判明する。(終戦直前、亡霊のようなリーノとマルチェロの再会が
  秀逸。)

   要するにいろいろあったようで、マルチェロは実に中途半端な存在だ。
   日本的に言えば、人と違ったことはしたくない、仲間はずれにはなりたくない。
   何はともあれ長いものに巻かれていたい、「体制順応主義者」です。
   マルチェロの中途半端さ加減は、心惹かれるアンナ(D・サンダ)についても
  同様。南米に「駆け落ち」を仄めかすがそんな度胸はなく、しっかり打算が働いて
  いる。そんな具合だから仲間を裏切ってアンナを助けるわけでもなく、さりとて
  自ら殺すわけでもない。
   かつての盟友、盲人のイタロを「こいつはファシストだ!」と簡単に裏切るよう
  な俗物、卑劣漢ぶり。

   1930年代がファシズム台頭した時代だったように、現代もファシストの足音
  が遠雷のように聞こえる。
   当時は共産主義と主に進歩主義(リベラリズム)がファシストの敵だった。
   ファシストには確固たる敵が存在した。
   現代はどうだろうか?
   資本主義一人勝ちを信じて疑わない、自称「保守」にはかつてのような強力な敵
  はいない。強いて言えば、「改革」を阻止する既存勢力(「抵抗勢力」)くらいで
  はないか。かつてのファシズムは仮にも民族主義的だった。
   資本主義一人勝ちが通り相場の現代で、これを信じて疑わない彼ら「改革者」は
  自らが「超帝国」の扉をこじ開けようとしていることに無自覚だ。
   浅薄な思考に過ぎない彼ら流の「愛国」を“ 錦の御旗 ” にした彼らが推し進
  める「改革」(例えばTPP)は国民国家融解への一里塚であることに盲目だ。
   
   「暗殺の森」(完全版)では、マルチェロの結婚を祝う盲人だけのパティーが
  追加されているが、もちろんこれは「体制順応主義者」、すなわち「大衆」の
  メタファーに他ならない。
   自称「保守」の多くは、「同時代」には敏感でも「歴史」には盲目な「体制順応
  主義者」でしかないと私は考える。
   そんな彼らが「転向」するのはどんな時だろうか?

   ベルトリッチの「転換」、テーマの「転向」もどき、私自身の変遷。
   「時代」は繰り返し、模倣し、やがて「歴史」になる。
   
   「暗殺の森」初見から約30年、最後に観てから10数年、そして今回、
   この映画はそう語りかけてくるのだ。

 
    PS.1月15日、大島 渚監督が逝去された。

       B・ベルトリッチは大島をどこかライバル視していて自らの作品を
       大島の作品と対応させたりした。
       「戦メリ」の頃のには、「The Oshima  Gang」と染め
       抜かれた山本寛斎デザインのTシャツを着たりした。
       やはり、つねに意識していたのだろう。

       今後、このような映画人が日本に何人現れるだろうか?

       大島 渚監督のご冥福をお祈りします。 

    


暗殺の森
 もちろん評価は☆☆☆☆☆
 V・ストラーロは3度オスカーを取っているが、
 少なくても「地獄の黙示録」以降、彼のカメラ  
 のレンズを提供したのは日本人の職人です。 










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