素晴らしき放浪者の戯言

100年に1度の世界の大転換、50年に1度の日本の政権交代を見届けるブログです。 政治、経済、メディア、都市、映画etcの各分野を放浪しつつ 時たま核心に迫ります。

女性監督で一件落着か? (柔道とJUDO)

   



   園田監督に対する内部告発に始まった柔道界の一連の騒動は園田監督辞任、吉村強化
  担当理事の辞任を経て女性女子柔道監督擁立の可能性を示唆して収束にむかいそうだ。

   柔道に限らず大相撲の世界も八百長など可愛いものでリンチして死なせてしまったとか、
  弟子が行方不明になって白骨になって見つかったとか、私が知るだけでも「闇の世界」は
  存在した。(最近はどうだが知らないが)
   柔道もお相撲も純然たるスポーツとして割りきれないものがある。
   (相撲は神事で興業であるからしてさらに複雑だ)
   他にも日本由来の武道は単なるスポーツと言うよりも精神修養の場、その人間関係は
  「監督(コーチ)と選手」というより「師匠と弟子」だったりする。
   空手などはこの師弟関係が海外でも人間関係を規定しているようだ。
   世界中に道場のある空手の場合、一度、師弟関係を結ぶとその関係が終生続くことも
  あると聞く。アラブの王子を弟子にしたら、物凄い人脈が余祿としてついてくるそうだ。
   
   早めの結論を言うと、私は自分がその世界に身を置いたことがあることから、師弟関係
  を必ずしも否定はしない。ビジネスモデルとしては成り立たなくても教育システムとして
  は今後も師弟関係は生き残っていくと思う。 
   
   武道に限らず料理人の世界も師弟関係の世界だ。
   厳しさを通りこして暴力事件も耳にする。(三国シェフの事件など)
   何せ狭い空間に包丁を持った男たちが寄り合っているわけだから絶対の主従関係になら
  ざるを得ないところがあると思う。
   厨房にシェフは一人、船に船長は一人だと思う。
   それでも暴力はイカンと思うが、フランスに料理修業したある料理人は手こそでてこな
  かったが、言葉の暴力は凄かったと言う。
   洋の東西を問わないということか。

   さらに能、狂言、歌舞伎、日舞、落語等古典芸能の世界も師弟関係の厳しいタテ社会だ。
   親子でも師匠と弟子だったりする。
   武道ではないが「芸の道」とか言うからね。
   師弟関係に見られる様々の「修行」とは突き詰めると仏教、特に禅宗の修行に淵源がある
  ような気がする。その昔、雑誌上で人生相談していた今 東光和尚は読者に「和尚はバカ
  ヤローの一言でお終いで答えになっていないじゃないか」と詰問されて曰く、
   「甘ったれんじゃない、禅宗の修行なんかもっと厳しいぞ」と一喝した。

   修行の中で一番きついのは大阿闍梨になるための千日回峯行だろう。
   ひとたび、千日回峯行に入ったら、きついので止めますはもちろん病気になっても親
  兄弟が死んでも途中で止めることは許されない。仮に途中で止める時は、自刃すべく懐に
  短剣を忍ばせて入山すると言われている。
   この千日回峯行を2度行ったものは比叡山延暦寺の酒井雄哉大阿闍梨を含めて1000
  年の比叡山の歴史で3人しかいないという。
   まあ~、ここまでの厳しさは別格としても、本来、武道はスポーツにして「道」を究める
  者の世界、精神修養の場としても位置づけられている。
   今やこの点があいまいになりつつあるのだが、その痕跡ははっきり残っていると思う。
   
   オリンピックなど関係無しで、時代劇の世界のような町道場では「道」を究める者の
  世界もありなのだが、現実はそうはいかない。
   日本柔道連盟に組み込まれ、JOC、IOCが厳然と存在するのだから。
   それに町道場と違い、金メダルが当然というプレッシャーも相当なものだろう。
   柔道はスポーツであって武道だから・・・と今までは玉虫色で済んでも、もはやそれは
  世界には通用しない。
   いくら日本が柔道の母国であっても今や「JUDO」になってしまったのだから。
   
   日本柔道界は「柔道」と「JUDO」の狭間をしばらく揺れ動くのだろうか? 








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